最高裁判所第一小法廷 昭和51年(オ)764号 判決 1980年12月11日
上告人
滋賀県
右代表者知事
武村正義
右訴訟代理人
浜田博
被上告人
西京タクシー株式会社
右代表者
兼元吉男
右訴訟代理人
猪野愈
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人浜田博の上告理由について
原審は、本件事故現場附近の道路は南北に通ずる直線道路であるが、直線部分は約一〇〇メートルで(原判決引用の第一審判決添付図面(縮尺五〇〇分の一のもの)によれば、約一五〇メートルがほぼ直線状となつており、本件事故車が転落した地点はそのほぼ中間点である。)、その南方及び北方はいずれも西側にゆるやかなカーブをしており、右カーブの部分にはガードレールが設置されていても、直線部分にはその設置がなく、路面がいわゆるかまぼこ型の構造をしていて、特に道路東側の高橋川に沿つた路肩への傾斜が大きく、薄暮時ないし夜間における降雨時には、路面を打つ水飛沫や高橋川から立ち上るもやのため、道路と高橋川との境が定かでなく、その見分けがつきにくい状態となることがあり、薄暮時ないし夜間における降雨時に本件道路を通行する車両が、道路と高橋川との境を見誤つて、その進路を誤り、また路面を滑行して高橋川へ転落する危険性があつたとの事実を確定して、本件道路の管理者である上告人としては、本件道路の高橋川に沿つた直線部分にもガードレール、視線誘導標識あるいは夜間の照明設備を設置して、高橋川の存在ないし道路と高橋川との境の位置の識別に資するとともに、進行車両が誤つて高橋川に転落することのないよう防護の措置を講ずべきであり、ガードレールその他なんらの防護施設も設置しないままに放置されていた本件道路は、道路として具有すべき安全性を欠いており、その設置ないし管理に瑕疵があつたとしたうえ、訴外小久保は、昭和四六年一〇月一日午後七時三〇分ころ、本件事故車を運転して本件道路を時速約四〇キロメートルで南進中、本件事故現場に至つて、前方がカーブしていることに気付き急制動をかけたところ、路面が東側の高橋川へ向つて大きく傾斜したかまぼこ状をなしており、かつ、激しい雨で滑り易くなつていたため、右措置も及ばず滑行し、東側の路肩にガードレールの設置がなかつたため、道路上において停止することができず、高橋川に転落したとの事実を確定して、本件事故は本件道路の設置ないし管理の瑕疵に基因するものと認め、小久保にも前方不注視及び安全運転義務違背の過失があるとして八〇パーセントの過失相殺をしたうえ、被上告人の本訴請求の一部を認容した。
しかしながら、本件事故は、本件道路と高橋川との境を見誤つて走行したため高橋川に転落したというのではなく、訴外小久保が進路前方のカーブに気づいて急制動の措置をとつたところ、降雨中で路面が滑り易くなつており、かつ、路面が高橋川に向つて傾斜したかまぼこ状をなしていたため、滑行して右高橋川に転落したというものであるから、原判示指摘の安全施設のうち視線誘導標識や夜間の照明設備の存否は、右事故の発生とはなんらの関係がなく、本件事故との関係で問題となりうる本件道路の瑕疵は、専ら高橋川沿いの道路傍にガードレールの設置を欠いた点にこれを求めるほかはないと考えられる。ところで、本件道路の安全性のために右のようなガードレールの設置が必要とされるかどうかを考えるのに、薄暮時ないし夜間における降雨時に本件道路と高橋川との境の見分けがつかないために走行する自動車が運転を誤る危険に対する安全の確保という点だけからは、前記のような視線誘導標識ないし夜間の照明設備の設置だけで足り、それに加えてガードレールの設置まで必要であるとは考えられないから、これが肯定されるためには、更に別段の事情が存在しなければならないというべきところ、原判決は、このような事情として、前記のように本件道路が高橋川に向つて大きく傾斜しているかまぼこ状をなし、降雨のため路面がぬれているような場合には走行自動車が路面を滑行して高橋川に転落する危険性があつたとの事情を挙げている。そうすると、本件における問題は、本件道路と高橋川との境が不明確なため自動車の運転を誤つた場合であると否とにかかわらず、降雨中に本件道路を走行する自動車につき生ずべき滑行事故による転落の危険にそなえてガードレールを設置する必要があつたかどうかに帰着するものといわなければならない。
そこで、右の点について検討するのに、原審は、本件道路は路面がいわゆるかまぼこ型の構造をなし、特に高橋川に沿つた路肩への傾斜が大きいことを認定してはいるが、原判決が本件事故現場の模様の概略を示すものとして引用する第一審判決末尾添付図面(縮尺二〇〇分の一のもの)には、幅員4.5メートルの本件道路のほぼ中央から高橋川沿いの路面の端までの高低差は0.096メートルと記載されており、右記載によればその平均勾配は約4.26パーセントであることが計算上明らかである。また、原審は、薄暮時ないし夜間における降雨時に本件道路を通行する車両が路面を滑行して高橋川へ転落する危険性があり、以前にも本件と同様の転落事故が一、二件あつたとも認定しているが、車両がどのような走行状態にあるときに路面に滑行する危険があるのか、薄暮時ないし夜間であることと路面が傾斜しているために生ずる滑行との間にどのような関係があるのか、以前に発生した同様の事故が道路と高橋川との境を見誤つて進路を誤つたことによるものか、あるいは路面の傾斜のために滑行したことによるものかなどの点についてはこれを明確にしていない。原審の認定した事実のみをもつてしては、道路がかまぼこ型で高橋川の側に傾斜していることから、ガードレールを設置しないことが道路として通常有すべき安全性を欠くことになり、道路の設置ないし管理の瑕疵にあたるとすることは困難であり、この点に関する原判決の理由説示には不備があるものといわなければならない。
結局、原判決には、道路の設置又は管理の瑕疵に関する法令の解釈適用の誤り、ひいては理由不備の違法があり、この違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れず、論旨は、その余の点について判断するまでもなく、理由がある。そして、本件は、本件道路がかまぼこ型で高橋川の側に傾斜していることとの関係でガードレールを設置しないことが道路として通常有すべき安全性を欠くことになるかどうかの点について更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(本山亨 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)
上告代理人浜田博の上告理由
原判決は、道路法第四二条の解釈を誤りひいては、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があり、破棄せらるべきものと思料する。
原判決では、「本件事故現場附近の道路は、幅員も狭いうえ、路面がいわゆるかまぼこ型の構造をなし、特に道路東側の高橋川に沿つた路肩への傾斜が大きく、薄暮時ないし夜間における降雨時には、路面を打つ水飛沫や高橋川から立ち上る霧のため、道路と高橋川との境界が定かでなく、その見分けがつきにくい状態となることがあつたのであるから、薄暮時ないし夜間の降雨時に本件道路を通行する車両が、道路と高橋川との境界を見誤つて、その進路を誤まり、また路面を滑走して高橋川へ転落する危険性があつたものというべく、したがつて、本件県道の管理者である被控訴人は、本件道路の東側の高橋川に沿つた直線部分にもガードレール、視線誘導標識あるいは夜間の照明設備を設備して、道路東側に平行して高橋川が存在すること、ないし道路と高橋川との境界の位置の識別に資するとともに、通行車両が誤つて高橋川に転落することのないように防護の措置を講ずるべき義務があつたものといわねばならない。
しかるに被控訴人は、本件事故当時、本件道路の南方及び北方のカーブ区間にガードレールを設けたのみで、本件事故現場を中心とした直線区間にはガードレールその他何らの防護施設も設置せず、これを放置していたのであるから、本件道路は、道路として具有すべき安全性を欠いていたものというべく、その設置ないし管理に瑕疵があつたものといわねばならない。」「仮に、被控訴人の主張するように、本件事故現場附近の道路が建設省通達の防護柵設置基準に該当しない場所であつたとしても、右防護柵設置基準なるものは、道路の危険箇所に対する防護柵設置をなすべき場合に関する一般的な目安ないし指針であるに過ぎないのであつて、道路管理者が右基準に準拠する措置をなしたからといつて、これをもつて能事終れりとすることはできない。道路法第四二条によれば、道路管理者は、道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めるべき義務があるから、道路管理者は、個々の道路の具体的な構造及び交通の状況に応じて、これに適合した良好な状態を保持するように適切な方途を講ずべきであり、右防護柵設置基準に照らし防護柵を設置すべき場合に該らないからといつて、管理義務を免れうるものではない。」と認定している。
然しながら、道路法第四二条は「道路管理者は、道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならない。」とある。
「維持」とは、道路の構造をそのままの状態で保持すること。
例えば、撒水、除草、除雪、コンクリート舗装の目地(割目)の手入れ、砂利の補充等である。
「修繕」とは、道路を新設し、又は改築したときの構造が損傷したときに、これを原状程度に復旧することと解する。
破損した舗装版の切取、路盤の整正等が修繕である。
「維持」は、原形復旧を目的とする点で「改築」と異なり又「災害復旧」も修繕の一態様ではあるが、道路法では別個に扱つている。
ガードレールを設けるか否かは、行政指導上の問題であるに過ぎなく、道路法第四二条の問題ではない。
本件事故の生じた個所における道路の維持、修繕は、適切に行なわれていて、この点に義務違反はない。
現実の問題として、国道、県道はさておき、市町村道等に至つては、防護柵設置要綱に示された個所の防護柵が設けられていない個所が加何に多いかは、公知の事実である。
本件交通事故は、第一審判決の通り、訴外小久保公男の前方不注視が原因であり、照明設備、ガードレールの有無とは関係がない。
まして、照明設備、ガードレールの設置は、道路法第四二条の維持、修繕に該当しないのであるから、原判決は、法令の解釈適用を誤つたこととなり到底破棄を免れないものと信ずる。